駒田かすみ ~母として人として~
南三陸町ボランティア


8月30日~、0泊3日の行程で南三陸町にボランティアに行ってまいりました。
このボランティア、民主党兵庫県連の青年委員会が主催で、民主党の若手議員を中心に現地でのボランティアと視察を行うということで、昨年に引き続き2回目の現地ボランティアの参加です。
30日の集合は神戸に16:45。まだまだ明るいうちに出発です。今年の目的地の南三陸町ボランティアセンターに8:30の集合厳守、とのことでした。ちなみに、今年度の参加は総勢26名。バス泊なので、化粧をして寝るわけにいかないため、当日は午後からシャワーを浴びて、そのまま寝られるような状態で…つまり、ノーメイクです。こういう時に限って知人に会ってしまうのはお約束なのでしょうか、姫路駅で同行する方と待ち合わせている間に、やっぱり知り合いにバッタリ会ってしまいました。

出発前

ボランティアセンター前にて 
  31日の朝は予定通り8:00頃にはボランティアセンターへ到着。ボランティアの登録を行って、名前を貼ったビブスを受け取り、現地に向かいます。この日のボランティアは袖浜地区で養殖いかだの重り用の土のう作りでした。
この土のう、一袋に約40~50kgの砂利を詰めて口を結んで作成していくのですが、3人1組での作業で、慣れない間は口を結ぶのに四苦八苦。見本を見せてくれた漁師さんやボランティアのリーダーの方は簡単そうに結ぶのですが、なかなか難しくて、最初の間は『あれ?あれ?』の連続でした。できた土のうは15袋ずつ、まとめてクレーンで運んでいき、すぐに養殖いかだとともに海に入れられるとのことでした。

作業中

作業中

この日に私と一緒に作業をしてくださったのは、民主党姫路総支部のお二人。姫路チーム、頑張るで~!という掛け声とともに、85袋!自分たちではすごく沢山作ったように思っていたのですが、養殖いかだ1艘につき140~160袋も必要とのことで、実際はいかだ半分。でも、この日は民主党兵庫県連の他にも早稲田大学の学生さんたちのチームも一緒に作業をしていたので、いかだ6~8艘分ぐらいはできたのではないかな?と思っています。
休憩の間には、漁師さんたちが当日の恐怖の瞬間や、その後の町の様子、今の気持ちなど訥々と語ってくださいました。昨年も思ったのですが、被災されて一番つらいはずの現地の方たちが皆さん口を揃えて『ありがとうしか返すものはないけれど、何度言っても言い足りない』『今生き残ったものの役目は、元気に頑張って生きて、もう一度復興させること』と前を向いていらっしゃる、そこに至るまでの葛藤を考えると、一度だけではなく、継続してお手伝いできることはやっていかないと…との気持ちはますます強くなりました。そして、今の私が自分の立場でできることをきちんと考える、考えたことが実行できるように伝え続ける、これも必要なことだと思いました。
ボランティアの後は南三陸町役場で佐藤町長や役場で頑張っておられる兵庫県からの派遣職員の方にお話を伺って、津波に襲われた防災対策庁舎と特別養護老人ホームを見せていただきました。3階建ての庁舎だけでなく、高台の特養がすっかり飲み込まれたという事実を目の当たりにすると、『人間の想定』なんてちっぽけなものに感じられてしまいます。

防災対策庁舎

それでも、 きちんと普段から災害への対策を行い、訓練を行い、災害に遭ってしまった時にはどういったことが必要になるか、を想定して準備をしておくことは当然必要ですし、想定外のことが起きる場合もきちんと含めて、自分たちが求められていること、しなければならないことをきちんと見つめなおす機会を頂いたことは非常に重要なことでした。
ボランティア終了後のバスでは、当たり前の生活と思っていた『ご飯を食べて、お風呂に入って、安心して寝ることができる』ということに非常に感謝しつつ、今回のボランティアを振り返りました。